ミツバチのアンモラル
せめてもと、おばさんたちに挨拶だけはさせてもらい、危険だからと引いてくれない圭くんに自宅玄関まで送られる。
「おやすみ。華乃」
「……」
「華乃?」
思ったようにはいってくれないジレンマが体内で淀んで、圭くんの顔を見ることが出来ずにパンプスの爪先をひたすら見つめる。ヒールが低くて太めの安定感あるペールピンクのパンプスは、先週圭くんとアウトレットに出掛けて買ったものだ。お金を出そうとする圭くんをなんとか宥めて自分でレジに走った思い出付きの。
視界の中に、圭くんの手のひらが現れてひらひらと私を伺ってくる……そんなの、ごねる子を言い聞かせるように私の顔を痛くてもいいから掴んで上を向かせればいいのに。
まだ淀んだままの私は、きっと今日も圭くんは嫌がるであろう行動で憂さを晴らした。
「ありがとうっ」
嫌がられはするけど決して拒否はされないのを承知して、私は圭くんの胸元に飛び込む。
そこで吸い込んだ匂いはいつもの圭くんだけの草っぽいもので、安心してしまう。
頭上で、息を呑む音がするのはいつものこと。
ぎゅうっと一度だけ、男性らしい硬い背中に腕を回し、頭を撫でてとお願いをする。
これは習慣なのだと子どもの頃から続く行為なのだと、甘えたな妹が強請るものだと――自ら触れてくれなくなった圭くんに刷り込む。それだったらいいでしょう、と。
それだったら、私は触れてもらってもいいでしょうと。
大人の男の手が私の頭をひと撫でして去っていった。
「おやすみなさい」
私が家に入るまで決してその場を離れない圭くんを残して、私は玄関の内側に身体を滑り込ませた。
今日も今日とてきゅんとして、ああやっぱり好きだなあと再確認して、……そして今日も、妹以外では受け入れてもらえない悲しみに落胆した。
……圭くん。
だったら、私をそんなに大切にしないで。