偽りの婚約者に溺愛されています

もう我慢できません


「ほら。俺の言った通りだったでしょ」

呆然とする私の背後から言われ、振り返る。
修吾さんが歩き去るふたりを見ながら立っていた。

「桃華は昔から兄さんしか見えてない。兄さんだって、六つも年下の桃華が可愛くて仕方ないんだ。あのふたりの婚姻は、会社にもメリットがあるから避けられないんだよ。桃華の家の直江ゴムは、グローバルスノーの製品材料の大半を生産してる。合併すれば、会社は互いに大きな利益を生むんだ」

智也さんと六つ違いということは、桃華さんは二十三歳。若くて可愛い彼女と私とでは、比べるまでもない。

「私は智也さんとは結婚しません。実は……お見合いを避けるための口実だったんです。恋人のふりをしてもらっただけなので、桃華さんと婚約していても問題ありません」

私の話を黙って聞いていた修吾さんは、しばらくしてから私を見て心配そうな顔をした。

「……問題はあるんじゃない?兄さんが好きなら」

それを聞いた途端、心の奥に溜め込んでいたものが、ぶわっと溢れるような感覚になった。

「夢子さん……。君は……」

私を見たまま修吾さんは再び黙った。

涙が頬を伝い、顔がくしゃっと歪む。
もう、いっぱいいっぱいで、どうすることもできない。
どこでなにを間違えたのかも、これからどうしたらいいのかもわからない。
ひとつだけわかるのは、智也さんがさらに手の届かない人になったということだ。


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