偽りの婚約者に溺愛されています
抱きしめられたり、キスをされたりするたびに想いは深くなり、泥沼にはまっていくように溺れていく自分を止めることなんてできなかった。
もしかしたら彼も、私と同じ気持ちでいてくれているような気がしてならなかった。
婚約者がいるだなんて、考えもしなかった。
「彼との時間を過ごすために、彼を縛りつけていたのかもしれません。私は、智也さんにとって迷惑なだけの存在です」
自分を否定しても、正当化されることなどないのはわかっている。
「考えすぎだよ。少なくとも兄さんは、迷惑だなんて思ってはいないはずだよ」
顔を上げて彼を見る。
深い茶色の瞳が、目の前で輝いていた。彼の瞳の色と同じだ。
それは、兄弟とはこんなに似ているのかと思わせるほどで、このままこの人を好きになることができたなら、今抱えている苦しい気持ちは軽くなるのだろうと考える。彼を智也さんのように愛せる気さえしてくる。
だがたとえ、どれだけ似ていても、彼じゃないとダメだ。
どうしても、心の中から彼が消えていく気がしない。
「……部屋に戻ろうか。お昼ご飯が運ばれているはずだよ。少し食べて、元気を出そうよ。お腹が空いたよね」
そっと肩を抱かれ、促されるままに歩きだした。