偽りの婚約者に溺愛されています
このままこの部屋を出たならば、赤い振袖を纏ったまま、帰りのタクシーに乗ることになる。この姿でホテルのロビーを歩く覚悟はまだないが、車に乗るまでに走り抜ければ、あとはなんとかなるだろう。
そのときに会社の人に出会わないことだけを、心の中で神に祈る。

「話ならある。君を寝かせるためだけに、ここに来たわけじゃない」

そうよね。はっきりさせたいはずだ。
お見合いは終わったし、父の前でも恋人だと言ってくれた。
彼が私のためにできる仕事は、もうなにもないのだから。

「はい。一応、わかってます。もうはっきり、なんなりと言ってください」

「じゃあ言わせてもらおうかな」

そこまで言うと彼は突然立ち上がり、自分の鞄をゴソゴソと漁り始めた。
なんだろうと思いながら様子を見ていると、見覚えのある紙袋を取り出した。

「あ……。それ」

思わず呟くと、それをベッドの上にポンと置く。

「確認してくれるか。四百万円入ってる。あのときのままだ。今度はこれで、俺から君に仕事を依頼したい。返事はイエスしか受け付けない」





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