偽りの婚約者に溺愛されています
「……どういう……ことですか」

なぜあの日渡したお金が、今ここにあるのか。
意味がわからない。

「これを取りに帰ってた。ついでに、これから君に頼むことに必要なアイテムを買いに行ってたんだ」

「頼むこと?私にですか。……いや、だからわかってますから。きちんと終わりますよ。これは返していただかなくても、もう二度と恋人のふりをしてほしいだなんて言いません。智也さんの好きに使ってください。あなたは仕事をやり終えたのだから、遠慮なんてしなくてもいいんです」

今さらだが、こんな瀬戸際になって、まだ怖いと思う自分がいる。
もう、偽りの婚約者である期間は終わったのだと、彼の口から聞きたくはない。
お金を返してもらわなくても、私はきちんとわかっていると言いたかった。


「ああ。そうしてくれ。もう、君の芝居には付き合わないから。そう。俺は君の依頼を全うした。完璧にな。もう、社長はしばらくは君に見合いの話をしないだろう。君はゆっくりと、念願だった恋人探しができることになった」

ズキッとなにかで刺されたように、心が痛む。
目から今にも溢れそうな涙を、ぐっと堪えた。

「ふはっ。なんだよ、その顔。まさか、余りにも感動して泣きたくなったのか。そんなに恋愛してみたかったのか。嬉し涙が出るほどに?」

「違います……っ」

顔に力を入れて息を止め、真っ赤になる。きっと歪んで、不細工に見えるだろう。だけど、もういい。どう見られたって。どうせ終わるんだもの。
だが気を抜くと、大泣きしてしまいそうだ。



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