偽りの婚約者に溺愛されています
最後の悪あがきなのかもしれない。
たとえこのまま引き延ばしても、彼と結ばれることなどない。私はたくさんいる部下の中のひとりでしかない。
「好きな人が……いるの」
思わず口にしてしまう。
不毛な片思いなどでは、認めてもらえるはずなどないのに。
「ほう?そんな人がいるのか。初耳だな。社内の人間か?」
父は意外にも、威圧的な態度ではなく、興味深そうな顔をした。初めて聞く娘の恋愛話を、聞きたいだけかも知れないけれど。
「そう。だから、もう少し待ってほしいんだけど。気持ちの整理をしないと、とてもそんな気にはなれないわ」
「そうか。そんな人がいるのなら、その彼の言い分も聞かないといけないな。急にお前が見合いをすると言えば、驚くだろう。彼の気持ちが本気かどうか、確かめないと」
「ちが……」
父は恋人だと勘違いしたようだ。訂正しようとしたが、父はそれを遮るように話を続けた。
「一度父さんにも会わせてくれないか。誰かは聞かないで、楽しみにしていたほうがいいな。社内で会うと、お互いに意識する」
恋人ではないと知れたら、このまま見合いを進められてしまうに違いないと思った私は、もう何も言えなかった。
お父さんは松雪さんのことを、もちろん知っている。
他社から引き抜いてきた張本人なのだから。