偽りの婚約者に溺愛されています
指輪を私に贈って気持ちを誤魔化しても、あとで苦しんで後悔するのは智也さんなのだから。
私を好きなわけじゃないのに。
「どうしてそう思った?俺が桃華を好きだなんて。そんなことを言った覚えはないがな」
「いきなりお金を返して、同時に指輪を贈るなんて、普通じゃ考えられないことだわ。なにか、強くて大きな気持ちがあるんじゃないかと……。やけになっているように思えます」
素直に思ったことを話す。そんな私を、智也さんはじっと見つめていた。
誰かを愛しても、必ず報われるとは限らない。だけど、桃華さんに気持ちを伝えるべきだという考えは、本心だ。
桃華さんと智也さんが、このまま上手く行かなければいいと、本当は思ってる。
でも、もしもふたりが結ばれなくても、そこで私が選ばれることなんて、きっとないのだろう。
「わたっ……私はっ。うぐっ。後悔を……してほしくないと……っ」
しばらく色々と考えているうちに、泣いてしまった私を、彼は黙って見ていたが、「フーッ」と息を吐いてから言う。
「桃華たちのためなんかじゃない。それに、好きじゃない。そうか、君は……そうくるか。本当に手強いな。……やはり指輪なんかじゃ納得しないか。想像力が半端ないな」
きっと今の私は、見るに耐えない顔になっているだろう。
着物の袖口で拭うわけにもいかず、顔中から流れ出る水分はすべてそのままだ。
「ちょっと待って」
彼はバスルームのほうへと向かうと、フェイスタオルを持って戻ってきた。
「はい、これ。顔を拭いて。とりあえず落ち着いてくれよ」
それを受け取り、顔を埋める。
だけど落ち着くことなんてできない。
「いいよ。夢子がそれで納得するなら、そう思ってくれて構わない。婚約者のふりを続けることと、お金を受け取ること。とりあえずの俺の願いは、そこだから。堅物な君でも、婚約したまま俺といたなら、今にわかるはずだ。俺の考えていることがね」
私の頭を優しく撫でながら、彼はにっこりと笑う。
このまま、これからもあなたの笑顔を見ていられるのならば。私に断る理由なんてない。