偽りの婚約者に溺愛されています
「待……って、夢子。これ以上は……」
そっと離された唇。
溢れる愛に、朦朧としながら彼を見上げる。
「契約は成立か?……まあ、今さら逃がしたりはしないけどな。じゃあ、四百万。確かに渡したからな」
ドサッと私の手に乗せられた札束を見つめる。
彼を雇うために用意したこのお金は、彼に雇われることになり、再び私の手に戻ってきた。
大きなダイヤのついた指輪とともに。
「よろしく……お願いします」
札束を抱きしめ、私は笑った。この先どうなるかではなく、今どうしたいかを考えよう。
彼との時間を、一秒でも多く延ばしたい。彼がなにを考えているとしても。桃華さんを好きではないのなら、引き受けてもいいだろう。
「こちらこそ。引き受けてくれてありがとう。君を大切にするよ」
彼もつられるように笑い返す。
「ただ……あの」
「なんだ。まだ、なにか問題があるか?」
今、これを言うべきか迷う。だけどもう、我慢ができない。
「気になるから早く言え。あとでクレームは受け付けないからな」
「料亭で懐石を食べそびれて。楽しみにしていたのに。お腹が空きました……。今ならば、牛並みに食べれそうです」
その直後に私のお腹からタイミングよく、グーッと大きな音がした。
恥ずかしすぎて、死にそうだ。
「あっはっは。やっぱり色気がない。夢子らしくて、安心するよ。君はそうじゃないとな」
智也さんは、大きな声でしばらく笑っていた。笑い上戸だ。
私はそんな彼を見ながら、やっぱり兄弟とは似ているものだなと思った。