偽りの婚約者に溺愛されています
「まだそんなことを。嫌々俺と婚約したんだろ?修吾を妬かせるつもりで」
「そんなわけないじゃない。あなたが好きなんだから。だからその人と婚約者のふりとか、しなくてもいいの。阻止する必要はないから」
「だから、ふりじゃないと__」
彼の手の力が緩み、私の手がパッと解放された。
智也さんは、桃華さんを見たまま固まる。なんと言えばよいか、考えているようだ。
「あの。私、部屋にある着物を取ってきます。そのまま帰るので、おふたりで話し合ってください」
思わず言うと、桃華さんが答えた。
「そうね。そうしてもらえるかしら。だいたい、あなたが智也さんに余計なことを頼むから、話がややこしくなったのよ。そろそろ解放してほしいの」
彼女の怒りはもっともだ。
自分の婚約者に、芝居などさせた私を許せないだろう。
「ごめんなさい。分かってます。もう、私たちは関係ないですから。婚約しているふりは、終わりましたから」
「夢子。待てよ」
彼の呼びかけを無視してそのまま向きを変えると、今来たロビーを急いで引き返した。心臓が早鐘のように鳴っている。
再び婚約者でいようと言った彼の依頼を、あっさりと引き受けたことが恥ずかしい。桃華さんにとっては、納得できるはずなどないのに。
自分がすごく悪い女に思えてきて仕方がない。
エレベーターに乗り込み、扉が閉まる瞬間。
いつの間にか私を追って駆けてきた智也さんが、ガッと扉をこじ開け、エレベーターの中に滑り込んできた。