偽りの婚約者に溺愛されています
きっと、父を騙した責任を感じているのだ。
彼はきっと、彼にとって恩のある父に報いたいのだろう。
そのために言っているのだ。
そう自分に言い聞かせる。
「私は修吾さんと付き合ってみます。智也さんは、桃華さんのことを考えてください。彼女はあなたが好きなんですから。彼女は……本物の婚約者なんだし」
それだけ言って、部屋を出ようと歩き出す。
ドアに手をかけた瞬間。
「再び婚約者でいることを頼んだ理由は……君が好きだからだ。君も答えは分かっていたんだろ?」
彼の呟くような声が聞こえた。
だけど私はなにも答えずに、そのまま勢いよく廊下に出ると、ドアをそっと閉めた。
いったいどこで間違えたのだろう。
ただ智也さんに憧れて、見つめていただけだった。
こんな嘘をつかせるつもりなんて、まったくなかったのに。
父への恩義も、お金も。
自分の人生を犠牲にしてまで考えなくてもいいの。
私を好きだなんて言わなくても、このままでいられるなんて勘違いなどしないのに。
だけどお金を返して再び依頼してきたところは、真面目で誠実な彼らしい。
そんなあなたが、本当に好きだった。
***
「いやー、あれからさ。桃華とは確かに話したよ?だけど取り付く島もなかった。あいつはやっぱり、兄さんが好きなんだ」
「修吾さんは桃華さんを好きじゃないんですか」
「うーん。幼なじみだからなぁ。可愛いとは思うけど。はははっ」
フラフラとホテルを出て家に着いてから、父に修吾さんとまた会ってみたいと言った。
『あれから、松雪くんとケンカでもしたのか?』
意外そうな顔で言う父に、笑いながら言った。
『違うわ。弟さんだし、もう会わないのもどうかと思って。お断りするにしても、失礼のないようにしないとね』