偽りの婚約者に溺愛されています



「それで?どうして断らずに続けようと思ったの?」

ジュースをぐっと一口飲んで、彼を見つめる。

「智也さんとは……もう仕事以外で会うのをやめようと思ってます」

「え。なんかあったの?ケンカした?」

父と同じことを聞かれ、少し笑ってしまう。

「違うんです。私たちはもともと、芝居をしていただけですから。本来の姿に戻るだけです。婚約者のふりをする必要はもうないから」

「ふーん。それだけじゃなかったような気がしてたけどな。兄さんがあんなに取り乱すのを見たのは、初めてだったから」

そう言って修吾さんは首をかしげる。

「まだこのままでいようと言われました。でもそれは、私の父を騙した罪悪感ですよ」

話しながら、虚しくなってくる。罪悪感なら私にもある。
私を好きだとまで言わせてしまったことに対しての。
お見合いで夢が壊れることを恐れ、差し伸べられた手を拒めなかった。
智也さんが好きだから、一緒にいたいと夢見てしまった。
自分の都合だけを優先したのだ。彼が受ける代償を、分かっていながら。

「そっか。まあこれで、皆が行き着く場所に収まったということかな。兄さんと桃華。俺と君。本来はそうなるべきだったからね」

「そうですね。だいたい、智也さんが私を好きになるはずはないですから。私は、着飾らなければいつもこんなだし。会社でも、周囲は完全に男扱いですからね」

自分を指差して言う。
智也さんに買ってもらったシャツは、とても着心地がいい。派手な柄の着物を着て化粧をした自分を鏡で見て、強烈な違和感を感じた。おそらく智也さんもそう思ったから、いつものような服を買ってくれたのだろう。
着飾ったって、似合うはずない。

ホテルで指にはめてもらった指輪は、そのままつける資格なんてないので、自分の部屋に置いてきた。私にはもちろん似合わない。あれは桃華さんのものだ。

修吾さんが言う、行き着く場所にないものは、おそらく私の気持ちだけ。
ならば黙っていたほうがいい。
そもそも私みたいなタイプは、彼には似つかわしくない。
そんなことは、充分に自覚している。

だが修吾さんは、こんな私でもいいのだろうか。
会社のためとはいえ、逆らえない運命に従い、恋することを諦めたのだろうか。




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