偽りの婚約者に溺愛されています
俺を好きだと言った桃華の気持ちが、恋愛感情ではないことをずいぶんと前から見抜いていた。
同時に、修吾の桃華への気持ちも。

桃華は、兄のように慕ってきた俺の存在を失うのが怖いのだろう。大切な玩具を、夢子に取られてしまうかのように思ったに違いない。
だがいくら彼女にそう言っても認めようとはせず、反発して俺への執着を深めただけだった。

たとえば、実際に桃華にキスでもしたなら、全力で俺を拒絶するはずだ。だが、そんな手荒な方法で納得させたりするのは嫌だった。

夢子からは俺の桃華への愛情が、恋愛ではないことなど見抜けるはずもない。桃華を大切に思っていることには変わりないのだから。

桃華の気持ちを落ち着かせる方法は、たったひとつ。修吾にしかできないことだ。
だが彼は、意地を張って俺の言うことなど聞きはしない。

どうしたらいいのかわからず、結局、夢子に弁解すらしないまま今日になってしまった。

今日、会社で顔を合わせても、彼女はその話題を持ち出すわけでもなく、普通に挨拶をしてきた。
戸惑いながらも、俺も普通に振舞ったが、俺一人だけが猛烈な焦りを感じているように思えた。

夢子にとっては、もう終わった話なのかもしれない。

このまま、修吾と夢子が付き合うのを黙って見ているしかないのか。偽物から始まった関係は、本物になることはないのか。

そんなことを思いながら、しばらく彼女を見つめていた。

「松雪さん。判子をお願いします」

ぼんやりしていると、いつの間にか俺の隣に部下がいて書類を差し出していた。

「ああ」

ひとことだけ言って、書類を受け取ると、彼は急に声をひそめて話しだした。




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