偽りの婚約者に溺愛されています
「どうして……!」

悔しい気持ちが言葉になって漏れ出す。

「もう終わりにしないと、きりがないな。君が疲れるだけだ」

彼がそう呟いたのが聞こえた、そのとき。

シュッ。

一瞬の出来事だった。
ゴールを通過したボールが、私の目の前にストーンと落ちる。それはスローモーションのように、私の目に映った。

智也さんが打ったシュートが、綺麗な弧を描いて吸い込まれるように入っていった瞬間から、私の動きは止まっていた。

大勢の選手たちも、黙ったまま私たちを見比べている。

「ごめん。俺の勝ちだね。勝負は終わり」

そのまま、呆然とする私の手をそっと握ると、彼は選手たちのほうを向いた。

「ありがとう。また来るよ。邪魔して悪い」

「腕は鈍っていませんね。また是非、今度は俺たちと」

彼らに手を振って、智也さんはそのまま歩き出す。
私の靴の前で止まると、「行くよ。履いて」と促した。
言われるがままに靴を履くと、再び歩きだした。
観覧席にかけてあった上着とネクタイ、私のバッグをさっと掴むと、そのまま出口へと向かう。

待って。私は学生時代のほとんどを、バスケットボールに費やしてきたの。恋をする時間も、好きな人を見つける暇もなかった。少女時代に過ごすはずだった、当たり前の思春期に起こりえることを、ずっと封印してきたのだ。
いつしかそれは男性に見間違えるほどの影響を、私の心と身体に与えた。
そうやって、無理やり自分を納得させてきたの。

なのにどうして、今の私はあなたに勝てないの。
私は今まで、なにをしてきたの。

彼に手を引かれ歩きながら、泣きたくなる。
だけど、必死でそれをこらえた。



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