偽りの婚約者に溺愛されています
彼女の目に涙が溜まり始めている。
そんな夢子を、皆は唖然と見ていた。
「グローバルスノーに戻るということは、向こうを継ぐことを決めたんですね。ようやく桃華さんのことを考えだしたということですか」
「ちが……」
「智也さんの気持ちは分かりました。今までお世話になりました。じゃあ私も、修吾さんに向き合います。だけど……私と勝負までして、いったいなにを言いたかったのかが分かりません。やっぱりあなたの話を信じなくてよかったです」
それだけ言って俺から目を逸らすと、彼女は出口に向かって駆け出した。
「夢子」
俺も彼女のあとを追おうとしたが、ふと考えて足を止めた。
彼女になにを言うというのか。
今のままの俺には、彼女を納得させる材料がない。
「課長……。ケンカですか?別れたとか聞いたけど、大丈夫なんですか?追わないとまずいんじゃないですか」
近くにいた部下が、恐る恐る言う。
それには答えずに席に向かう。
「皆悪いな。驚かせた。もう、痴話喧嘩の見物は終わりだ。仕事するぞー」
皆のほうに向かって俺が言うと、微妙な空気のまま、皆は業務に戻り始めた。