偽りの婚約者に溺愛されています
再びコートに戻り、ドリブルをしながらゴールに向かって走る。
このまま風になって、君の元まで行きたい。そしたらその髪を揺らし、首すじを流れ、ずっと君のそばを離れない。
ザッとシュートを放ち、それがゴールに勢いよく落ちていく。
そのままボールを取ると、再び回り込んでゴールへと戻る。
いったいいつまで、こんな気持ちでいなければならないのか。
桃華に話をしようにも、俺を避けているのか、連絡がつかない。
今はただ、受け入れてはもらえなくても、君の笑った顔が見たい。
少し前の、昼休みの場面が思い出される。
『智也さん!お昼は牛丼にしましょう!私は特盛で!お腹が空いて、フラフラなんです』
『色気がないな。女の子はおしゃれなカフェとかが好きなんじゃないのか。牛丼って』
思わず言うと、彼女はムッとした顔で俺を見た。
『おしゃれなカフェに行きたいなら、そういうところがお好きな女性とどうぞ。色気がなくてすみませんでしたね。私はひとりで牛丼屋に行きますから、お構いなく』
向きを変えてスタスタと歩く彼女の手首を掴む。
焦って言い訳をする。
『ひとりでなんて冗談言うな。俺は夢子といたいから。悪かったって。場所なんてどこでもいいんだよ。機嫌を直して。俺も牛丼は好きだよ』
『智也さんは、変わってます。私といても楽しくなんかないですよ。カフェじゃなくて牛丼屋に行きたがる女ですからね。変わってるのは、智也さんじゃなくて私ですね』
赤い顔でボソボソと彼女が呟く。
そんな君を見ながら、クスッと笑う。
『楽しいよ。普通の子じゃ、もう物足りないな。君といると、いつも笑いを堪えるのに必死になる。君ほどのレベルの子じゃないと、俺はもうダメみたいだ。俺をこんなにおかしくした責任は、ちゃんと取れよ』
首をかしげる夢子の手を、ギュッと握る。
可愛くて、愛しくて、切なくなる。毎日どんどん君を好きになる。
いつか、君が振り向いてくれたら、愛しさで包んであげたい。俺に愛されることで、女としての幸せを感じてくれたなら。
あのときは、近い将来に本気でそうできると信じていた。