偽りの婚約者に溺愛されています
せっかく幸せに浸っていたのに。
あなたの胸の中で、今の私と同じ気持ちになった女性がいる。
当然、彼は私とは違い、恋愛経験も豊富だろう。
だけど、それを今は感じたくなどなかった。私よりも、おそらく綺麗で魅力的な、智也さんの過去の彼女を想像すると、途端に勇気が萎えてしまうのだから。
「今度はやきもちか。本当に、今日の夢子は俺を喜ばせるのが上手いな」
ニヤニヤしている彼に、ムカッとくる。
「私は嬉しくなんかないです。もう、いいです。帰ります」
彼からサッと離れると、私はソファの上のバッグを掴んだ。
こんなに些細なことで、いちいち拗ねてしまう自分が、なんだか自分じゃないみたいに思える。人を好きになれば、これは当たり前のことなのだろうか。
恋を知らなかった私にとって、智也さんにまつわるすべての感情が未経験だ。
「ゆーめこ。待てって」
背後からギュッと抱きしめられる。
力が抜けて、手にしたバックが、再び元の位置にストンと落ちた。
「悪かったよ。嬉しくて、ちょっと浮かれてるんだ。思ったことを、そのまま口走ってしまう。言葉を選ぶ余裕なんかない。察してくれよ」