偽りの婚約者に溺愛されています

「さ、沢井さん。落ち着いて。できれば離してくれると有難いんだけど。もしも誰かに見られたら……」

私が言うと、彼女は私を抱く腕の力を緩めた。
その瞬間に、さっと彼女から距離を置く。

「やっぱり……迷惑なんですね。こんなに好きなのに」

そんな私を見上げるその目からは、とうとう涙が零れ落ちた。

「迷惑というか。やっぱり、同性同士はちょっとまずいかなぁなんて……」

警戒して、さらに後ずさりをしながら言う。

「わかりました。笹岡さんのことは諦めます。性別なんて気にしないで、真剣に考えてくれると思っていました。だったら初めから、私に優しく笑いかけたりしないでください!」

「えっ。そんなこと__」

「なにも言わないで!」

彼女は私の話を聞かずにそう言うと、くるっと私に背を向けた。そのまま走り去っていく。

その後ろ姿を見ながら、ひとり残され呆然とする。
足になにかがこつっと当たり、見下ろすと先ほどの箱が落ちている。
それをそっと拾い上げ見つめた。ピンクのリボンが丁寧に結ばれている。彼女は一体、どんな気持ちでこれを作ったのか。少し気の毒に思う。
だけど……。

「……気にするでしょ、普通は。どうして本気で好きとか思えるの。私は女なのよ?」

独り言をつぶやき、ため息をつく。
女性に告白されたのは、実はこれが初めてではない。
だからあまり、驚きはしなかったけれど。

「優しく笑いかけたって。普通に仕事のやり取りをしただけなんだけどなぁ。いつ誤解されたんだろう」

今の若い人は情熱的だ。恋に積極的で自信がある。
勢いがあっていいな、と他人事のように考える。
私だってまだ若いけれど、そんな勇気も自信もないから。彼女を羨ましくさえ思う。



< 2 / 208 >

この作品をシェア

pagetop