偽りの婚約者に溺愛されています
「さ、沢井さん。落ち着いて。できれば離してくれると有難いんだけど。もしも誰かに見られたら……」
私が言うと、彼女は私を抱く腕の力を緩めた。
その瞬間に、さっと彼女から距離を置く。
「やっぱり……迷惑なんですね。こんなに好きなのに」
そんな私を見上げるその目からは、とうとう涙が零れ落ちた。
「迷惑というか。やっぱり、同性同士はちょっとまずいかなぁなんて……」
警戒して、さらに後ずさりをしながら言う。
「わかりました。笹岡さんのことは諦めます。性別なんて気にしないで、真剣に考えてくれると思っていました。だったら初めから、私に優しく笑いかけたりしないでください!」
「えっ。そんなこと__」
「なにも言わないで!」
彼女は私の話を聞かずにそう言うと、くるっと私に背を向けた。そのまま走り去っていく。
その後ろ姿を見ながら、ひとり残され呆然とする。
足になにかがこつっと当たり、見下ろすと先ほどの箱が落ちている。
それをそっと拾い上げ見つめた。ピンクのリボンが丁寧に結ばれている。彼女は一体、どんな気持ちでこれを作ったのか。少し気の毒に思う。
だけど……。
「……気にするでしょ、普通は。どうして本気で好きとか思えるの。私は女なのよ?」
独り言をつぶやき、ため息をつく。
女性に告白されたのは、実はこれが初めてではない。
だからあまり、驚きはしなかったけれど。
「優しく笑いかけたって。普通に仕事のやり取りをしただけなんだけどなぁ。いつ誤解されたんだろう」
今の若い人は情熱的だ。恋に積極的で自信がある。
勢いがあっていいな、と他人事のように考える。
私だってまだ若いけれど、そんな勇気も自信もないから。彼女を羨ましくさえ思う。