偽りの婚約者に溺愛されています
手を繋いで社長室を出る。
エレベーターに乗り、隣の彼を見上げると、彼も私を見下ろしていた。
言葉を交わさなくても分かる。あなたが私を求めているのが。私があなたを欲しがっているのが。
どんなに外見で隠しても、男性に興味がないふりをしていても、誰かを愛したならその気持ちに太刀打ちなんてできない。何年もかけて着込んだ鎧は、あなたの視線ひとつで一瞬にして脱がされてしまった。
これまで私に憧れてくれたたくさんの女の子たちは、今の私を見ても好きだと騒ぐだろうか。
智也さんをうっとりと見つめ、あなたの愛をさらに渇望する私を。
今すぐに、その身体中に触れたいと思っている、ただの女を。
「なにを考えてる?」
彼が尋ねる。
「なにも。ただ……幻滅されないかなーなんて。えへへ」
おどけて言うと、彼は私の頭の上にそっとキスを落とした。
「まさか。早く触れたい。俺だけのものにしたい。それしか思わないよ。今さら幻滅するくらいなら……初めからこんなに惚れないよ」
仕事中の、厳しい松雪課長しか知らなかった頃は、想像もできなかった。あなたがこんなに、優しい目で女性を見つめることを。
エレベーターの扉が開き、彼が受付に向かう。
「俺は帰るから。電話は修吾に繋いで」
私を案内してくれた彼女に言う。
「かしこまりました。お疲れさまでした」
智也さんに対しても、事務的に答えながら深々と頭を下げる彼女を見て、私にだけではなくいつもこうなんだと思う。
だが、彼に手を引かれながら、外に出る瞬間に振り返ると、受付の彼女がこちらを見ながら、ニコニコしているのが見えた。