偽りの婚約者に溺愛されています
会社の前に停まっている車の横に立つ男性が、私たちを見て頭を下げる。
「シティーモンドホテルまで行ってもらえないか」
智也さんが尋ねると、彼は頭を下げたまま答える。
「かしこまりました」
そのままドアを開けて待つ彼に軽く会釈をして、私は智也さんと一緒に車に乗り込んだ。
「シティーモンドホテルって?」
車の中で尋ねると、彼は笑いながら答える。
「夢子が七五三の格好のままいびきをかいて、何時間も眠りこけたホテルだ。お腹をグーグー鳴らしながら、起きたあとは誤解して逃走。まったくあの日は散々だった」
「いっ、いびきなんてかいてないわ。確かにお腹は空いていたけど」
「あ。そういや寝言も言ってたな」
思い出したようにつけ足す彼に、思わず詰め寄る。
「寝言!?嘘。なんて?」
「聞きたい?……『智也さん、好き』ってさ」
「嘘!?そんなことを?」
それから驚いて絶句する。そんな私を見て、彼は大きな声で笑った。
「あはははっ。君には言わないつもりだったけどな。信じるか信じないかは任せるよ。だけど俺は、本当は嘘は嫌いなんだ。やむを得ず婚約者のふりはしたけどな。あのときは必死だった。夢子を手に入れるために、手段を選んでる場合じゃなかったから」
どこまでが本当なんだろう。
だがおそらく、彼の話には嘘なんて含まれてはいない。
あのときすでに寝言で告白していたなら、こんなに慌てて気持ちを伝えに来なくてもよかった気がする。
グローバルスノー本社まで、単身で乗り込むなんて、冷静に考えたらあり得ないことだ。