偽りの婚約者に溺愛されています

包み込むような、優しい笑顔に見惚れる。
端正な顔には、女性の心を掴む魅力が満ち溢れている。
こうして彼に慰められていると、まるで愛されているような錯覚を起こしそうになる。

「じゃあ松雪さんは、本当に私に興味があるとでも言うんですか。違いますよね。男の人は、かわいい女性が好きに決まってますから。私は対象外でしょう」


別に拗ねているわけではないが、今まで思い知ってきたことだ。
彼を責めているわけじゃない。

「もう、私は大丈夫です。連れ出してくれて、ありがとうございました。これ、ごちそうさまです。あとでいただきます。戻りましょう。新商品のコンセプトをまとめたら、チェックお願いします」

笑顔で立ち上がった私は、封を開けていない缶コーヒーを持ち上げ彼に見せる。

お見合いの話を受ける覚悟ができた。
松雪さんとこうして、ふたりで話せた時間を忘れない。
抱きとめられた、腕の温もりを忘れない。

すべてを終わりにしよう。
彼への想いを断ち切るときがきたのだと、ようやく思えた。
好きだとはさすがに言えなかったけど、心の奥に隠し持っていた思いを聞いてもらえた。そのままの私でいいと言ってくれた。


「俺が思う、かわいい女性の中には君も入ってるよ。勝手に俺の気持ちを決めるな。君を男みたいだなんて、俺は思ったことはない。自分を卑下したような言い方は、君らしくない」

怒ったように言いながら、彼は私を睨んだ。

そのとき颯爽と吹き荒れた風が、私と彼の髪を撫で上げながら通り過ぎていく。

風になびいてはためいた彼のネクタイを、私は呆然と見つめていた。



< 22 / 208 >

この作品をシェア

pagetop