偽りの婚約者に溺愛されています
『ダメだよ。君は先ほどの処理の続きをしていてくれ。そんな細い腕で、二つも運べないよ。俺が運んだほうが早いから』
彼女は戸惑ったような視線を俺に向けながら、ぽつりと一言だけ言った。
『……すみません。ありがとうございます』
そのあと、赤い顔で嬉しそうに笑った。
きっとこのような場面は、今回が初めてではないのだろうと悟った。
確かに笹岡は背も高いし、アクセサリーなんかもつけてはいない。ほかの女性よりは少々華やかさに欠け、一見地味にも見える。
だが、今の笑顔は誰よりも上品で可憐だと思う。
どこが男オンナなのか。山野は彼女の魅力に、どうして気づかないのだろう。
だが、かわいいと思いながらも、俺はそれを誰にも教えたくはなかった。
笹岡のかわいさに気づいているのが自分だけならば、むしろそのほうがいい。
そんなことを考えた。
それ以降、笹岡の内面の魅力に気づいてからの俺は、彼女のはにかむ顔が見たくて、なにかにつけて彼女に構うようになった。
ほかの男は、女性社員に人気のある彼女を、相変わらず『男の敵』だなんて言いながら、男扱いしていた。
そんな中とうとう俺は、ほかの女性に誘われるような機会があっても、まったく興味を持てなくなってしまった。
適当に遊ぶことすらできない。どうしても笹岡と比べてしまう。
女であることを前面に出してくるほかの女性よりも、さり気なく周囲の人に気を配る彼女が、誰よりも女らしく思えてきてならなかった。
彼女はただの部下だ。上司として、よこしまな気持ちを持つわけにはいかない。一日に何度も自分に言い聞かせた。