偽りの婚約者に溺愛されています

「実は私、社長の娘なんです」

「は?」

「ここの。『ササ印』のです。誰にも言ってないんですけど」

「は?」

意味がわからない。
なにを言いだした?社長の娘?

きょとんとする俺に、彼女がさらに詳しく説明する。

「私には兄弟もいなくて。私が後を継がなくてはいけないので、早く結婚しないと、旦那さんになる人が一人前になるための勉強ができないからだそうです。先日、父にそう言われて、なにも言い返せなかったんです」

「な……!」
俺は口をぽっかりと開けたまま絶句した。どう答えたらよいかわからなかった。

「だって彼氏もいませんし、断る理由がないんです。本当は、恋愛結婚してみたかったんですけど、こればかりはどうにもなりません。そんな時間もないですから」

「き……君はじゃあ、それを受け入れるつもりなのか」

お見合いだと?どこの誰かも知らない相手と、結婚しようとしているのか。そんなおかしな話があるか。
そう続きを言いたかったが、俺にそんなことを言う権利などない。

「父は、もし私に恋人がいるのならば会ってくれると言いました。相手次第では、お見合いを見合わせると。でも実際、そんな人はいませんし、今日にでも恋人なんていないと打ち明けるつもりです」




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