偽りの婚約者に溺愛されています
「む、無理ですよ。そんなこと頼めません。もう、いいですから。こうして聞いてもらっただけで充分です」
立ち上がった彼女の手を、咄嗟に握った。
「俺はよくない。笹岡には幸せになってもらいたい。君は俺の__」
言いかけて止まる。
いや、待て。なにを言うつもりだ。このまま告白でもするつもりか?
そうではない。確かにかわいいとは思うが、果たしてそれは、彼女を好きだと思っていたからなのか。
言葉にして、プロポーズまがいの告白をするほどのものだったのか。自分の気持ちがわからない。
「俺の……大切な、部下だから」
そうだ。彼女が気になるのは、これまでに出会ったことのないタイプだからだ。
ふたりで日常の仕事を進めていくうちに、その純真な心に気づいたからだ。
それ以外のなにものでもない。
「でも……松雪さんにご迷惑がかかると思うので、そんなことはできません」
一度言い出したら、簡単に考えを変える彼女ではない。
どう言えば納得するのか。
繋いだ彼女の細い手が、微かに震えている。
男に手を握られただけでこんなふうになる彼女に、このまま見合いなどさせるわけにはいかない。