偽りの婚約者に溺愛されています
「納得できるわけないだろ」
ぼそっと呟くと、俺は彼女の頭を押さえ、さらに深いキスをした。
「まつ……ゆ……!」
吐息と同時に漏れる声。
それを拾い集めるように、舌を絡ませる。
柔らかなその唇のしっとりとした感触は、俺にどうしようもないほどの激情を湧かせた。
君を誰にも触れさせたくない。
このままずっと、こうしていたい。
「……いや……っ」
夢中で彼女の唇を貪る俺の耳に、ふと届いた彼女の声。
はっと我に返る。
これ以上はダメだ。
戻れなくなる。
本物ではないのだから。
そう考えた瞬間に彼女の肩を掴むと、ガバッと彼女の身体を自分から引き離す。
「これくらいは必要だろ。婚約者なんだから」
平然と余裕のあるふりをしながら言う。
我を忘れた自分など、まるで存在しなかったかのように。
「……う、嘘でしょ。む 、無理……」
ガクッとそのまま座り込んだ彼女を見下ろし、俺はニコッと笑った。
「よろしくな。君は今から、俺のかわいい婚約者だ。これからも容赦しないから。やるからには完璧に、金額に見合っただけのことをするからな」
自分が最低だなんて考えている場合ではない。
最後までやりきるしかない。
驚愕の眼差しを俺に向けながら、笹岡は黙っている。
「やめるなら今のうちだ。君が嫌ならやめる。どうする?」
これは賭けだ。
彼女が拒むなら、無理強いはしない。そう自分に言い聞かせる。
「よろしく……お願いします。お見合いを、阻止してください」
彼女が小さな声で言ったのを聞いて、心底ほっとした自分がいた。
その深い理由については、考えないようにした。
自覚してしまうのが、怖いと思った。