偽りの婚約者に溺愛されています
高いですか、安いですか?
「課長~!今日は飲みに行きませんか。企画も本格化しそうだし、前祝いってことで」
「いいねー。行きましょうよ」
「久々~。行く行く」
松雪さんと、屋上で話した日から数日が経っていた。
あれ以来、彼とふたりで話してはいない。
まさかあの日の出来事がすべて、夢だったのではないかとさえ思えてくる。
終業間近に、ひとりの男性社員が大きな声で言ったのを聞いて、課の皆が盛り上がっているのを見る。
私の周りのすべてが、これまでと変わらない。
お見合いの話と、松雪さんとのことを除いては。
『速乾性サインペン』は、サンプルの検査が終わり、異常がなかったので、いよいよ社長の決裁が下りるのを待つのみの段階となっていた。
松雪さんと二人三脚で勝ち抜いたプレゼンは、私にとって大きな成長となった。
私が、父が期待するだけの人材になるには、まだまだ程遠いが、今回はようやく踏み出したこの一歩に満足だ。
この企画がこのまま通れば、私の案が初めて採用されることとなるのだから。
年に数回開発される新商品は、売れ行き次第で打ち切りになったり、たとえ商品化が決まっても直前で見送りになったりすることもある。私たちが提案する案以外に、関連会社や提携会社、下請け会社からも新商品の案が出され、数多くの企画の中から、厳しい審査を乗り越えて新商品が決まるシステムとなっている。
最後まで気が抜けないのはわかっているが、私は初の商品化の可能性に喜びを噛みしめていた。
「笹岡も今日は大丈夫だろ?やっぱり主役がいないとな」
私にも声がかかり、嬉しくなって顔を上げた。
「主役だなんて、まだわからないじゃないですか。まあ、今日はなにも予定はないですけど」
そう言いながらも、顔がにやけてくる。
「そうかー。よかった。お前、今回は頑張ってたもんな~」
「ありがとうございます。じゃあ、私も是非……」
私が参加の意思を伝えようとした瞬間、松雪さんが急にガタッと席を立った。
皆で彼のほうを見る。