偽りの婚約者に溺愛されています
「さあ、もう終業時間だ。夢子、行くぞ。君たちも早く店に行かないと、席が埋まるぞ」

そう話しながら私のデスクまで来た彼は、私の腕を掴んで立たせた。

「あの、待って。このままじゃ」

せめて少しはフォローしないと、明日からどんな顔をしたらいいのかわからない。だけど、なにをどう言い訳したらいいのだろう。

「残った仕事は明日でいい。俺も手伝うから」

「そうじゃなくて」

私が帰るのをしぶると、松雪さんが顔を私の耳元に近づけて小声で囁いた。

「まだ物足りないならもっと言おうか?今まで君を男扱いしてきたらやつらに、見せつけたいだろ。このままキスでもするか?」

「なっ!そうじゃありません!わかりました。行きます!行きましょう!」

私は大きな声で言うと、わきにあるバッグを掴んだ。

「皆さん!とりあえず今日は、お先に失礼します!詳しくはまた明日!」

振り返り、ガバッと頭を下げる。
次の瞬間に、この場から逃げるように歩きだした。

「彼女は早く、俺とふたりきりになりたくて待ちきれないようだ。今日はどんな甘え方をしてくるか、俺も早く見たいから行くよ。じゃあ、お疲れ」

松雪さんは、さらに皆を動揺させるようなことを言いながら、私に付いてきた。


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