偽りの婚約者に溺愛されています
廊下をドシドシと大股で歩く。
早くこの場を離れたい。一刻も早く。
「笹岡。そんなに慌てなくても、予約まで時間はまだあるぞ。なんだ、そんなに腹が減っていたのか」
「違います!恥ずかしくて死にそうだからですっ」
企画課のオフィスからは、まだギャーギャーと騒ぐ声がする。
「もう、あんなことを言って。信じられないですよ」
周りには公表しないとばかり思っていた。
予想外の展開に、私はかなり動揺していた。
「皆に言わないでどうやって婚約者になるんだよ。社長に見破られてしまうだろ?周りから固めないと」
私はピタッと足を止めて彼を振り返った。
「今さらですが、本当にいいんですか?このままだと、会社中に知られてしまうんですよ?私なんかと婚約しただなんて、松雪さんは恥ずかしい思いをするんじゃないですか」
私の言葉に、彼は眉をひそめる。
「その言い方は気に入らないな。自分をそんなふうに言ったらいけない。君は魅力的だと言ったはずだが。恥ずかしいなんて思わないよ」
「私も自分をそんなふうに思いたくはないですけど、仕方ないんですよ。どうしても自信が持てません。小さな頃から今までずっと、女性だとは思われてきませんでしたから」