偽りの婚約者に溺愛されています
真に受けちゃいけない。
彼が女性を褒めるのは、おそらく挨拶みたいなものなのだ。
社内のあらゆる女性と噂になったことがある彼は、かなりの遊び人だと噂されている。
実際もてるし素敵だから、むしろ女性のほうが放ってはおかないだろう。

「からかってなんかないのに。笹岡は素直じゃないな。確かに、男が女を褒めるのには下心があるけどね。もちろん、俺もそうだよ。君は魅力的だと思うけど」

「下心だなんて、私に抱く男性はいません。私は嘘を見抜くのは得意です。松雪さんも例外ではありません」

「面白くないな。少しは照れたりしてほしいのに。まだ口説き足りないみたいだな。はははっ」

やっぱりからかっていただけだ。
わかってはいたけど、心のどこかでがっかりする自分がいる。

時計を見て、もうじき午後の就業時間となることに気づいた私は歩きだした。松雪さんも並んで歩きだす。

「あ、新製品のサンプルですが、午前中のうちに会議室に運んでおきましたよ」

「ええ?もう?まさかひとりであれを全部?……というか、もう仕事の話かよ。余韻もなにもないんだな」

顔をしかめた彼に、得意げに言う。

「仕事以外になにを話すんですか。私にとっては段ボールの十個や二十個、なんてことないですよ。力には自信がありますから」

「君はまったく。そんなのは男の仕事だろ。君は女の子なんだから、誰かに言えばいいのに」

「私が頼んで、おいそれと引き受けてくれる男性なんていません。いいんですよ。実際、私がやったほうが早いんですから」

「俺がいるだろ。今度からは俺に言えよ」

社内で唯一、私を女性として扱ってくれる松雪さんは、かなり希少な人だと思う。こんな男性は初めてだ。

学生時代、女子校でバスケ一筋だった私は、かなりの筋肉質だ。今はスーツでそれを隠しているが、力はそのへんの男性よりも強い自信がある。
ショートカットで、いつもパンツスーツ。これが定番スタイルだ。むしろスカートやワンピースなんて、持ってさえもいない。靴だけは低いヒールの付いた形のものを履いているが、これも慣れてきたのはほんの最近だ。

見た目がボーイッシュだからか、男性には相手にされないが、昔から女性にはもてる。

もちろん、二十六歳になった今でも、恋の経験など皆無だ。





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