偽りの婚約者に溺愛されています



「わあ。綺麗ですね。宝石箱みたい」

ホテルの最上階にあるレストランから見る夜景は、地上いっぱいに光が広がり、私は思わず感嘆の声を上げた。
こんな場所に来たことも、男性と二人で出かけたこともない私にとって、この輝きはキラキラとまぶしすぎる。

「そうだろ?ここはお勧めの場所なんだ。席も、いつもここだと決めてる」

私の背後に回った彼が、私の椅子を引いてエスコートしてくれる。
『いつも決めてる』という言い方が、たくさんの女性と来たことがあるのだということを示唆している。

「ほら、座って。君のお腹が鳴る前に、注文しないと」

「もう、だから。そんなにお腹は空いてないですってば」

笑いながら私を座らせると、彼は自分も私の向かいに腰かけた。

「あ、そうだ。これを君に。開けてみて」

上着のポケットからリボンが結ばれた小さな袋を取り出し、私の前に差し出す。

「なんですか」

「ネックレス。今日、工場に向かうときに買ったんだ。取り急ぎで安物だけど」

「ええっ。どうして」

顔の前に手を組んで、優しい笑顔で私を見つめる松雪さんは、背景にある夜景の光に包まれて、まるで童話の中の王子様のようだと思った。
女である偽物の私なんかじゃとても敵わないほどに素敵な、本物の王子様。
だけど私は、本物のお姫様にもなれはしない。
中途半端な自分がなんだか急に、惨めに感じた。

「いただく理由がありません。お返しします」

すっと彼のほうへと手を伸ばして、ネックレスの入った袋を押し戻す。



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