偽りの婚約者に溺愛されています
「いいや、違う。そんなことじゃない。反則だ。それは君の作戦なのか」

私に視線を戻すと、彼は私を睨むふりをする。

「作戦？なんのことですか」

「そんな顔で笑われたら、なんでも買ってあげたくなる。ただの安物なのに、可愛すぎだろ。今の君は、誰が見ても女らしいよ。やばい。ちょっと参った」

そう言ってまた笑顔に戻った彼を、私はうっとりと見つめた。
私の仕草に反応したりするなんて、本当に普通の恋人同士みたいだ。

「ご注文はお決まりでございますか」

「ああ。そうだった。じゃあこの、おすすめの白のワインに＿＿」


そのとき、オーダーを取りに来たボーイに、彼は慣れた様子でメニューを見ながら注文し始めた。


彼の視線が私から逸れた瞬間に、ふと我に返った。恋人のふりをしてもらう以前に、彼に渡すものがあることを思い出し、バッグをゴソゴソと漁る。

ボーイが去ったのを見計らい、彼の目の前にバッグから取り出した紙袋をドンッと置く。
これがないと、話が始まらない。

「すみません、忘れていました。もっと早くに渡さなくちゃいけなかったのに。とりあえずは、これを確認してください」

「ん？なんだ？」

不思議そうな顔で、ガサガサと袋の中身を取り出そうとする彼を冷静に見つめる。
これが現実。
夢はやはり、夢でしかない。

彼がどれだけ魅惑的であっても、この偽りの恋人に、私は決して溺れたりなんかはしないと誓おう。

私は自分に言い訳ばかりしているが、本当は後で傷つくのが怖い、ただの臆病者なのだから。


< 43 / 208 >
表紙・目次

この作品をシェア

pagetop