偽りの婚約者に溺愛されています

袋の中から、札束をひとつ取り出し手にしたまま、彼は無表情でそれを見つめた。

「ぜんぶで四百万円です。本当にこの金額でよかったですか」

恐る恐る尋ねた。
会社中に知られるリスクと、社長である父に婚約者と名乗ることは、会社員である彼の人生を変えてしまうほどの影響を残す可能性がある。
四百万円でそれを背負うことを、本当は頼むべきではないのかも知れない。

私は自分のことばかりを考えていたが、松雪さんの立場からしたら私の事情などはどうでもいいことだ。

「今ならまだ、断ってくださってもいいです。会社の皆には、今日の話は冗談だったと言えば、まだ大丈夫でしょう。父に会ってしまったら、そんな訳にはいかなくなりますが」

好きな人を困らせたくはない。私は、あなたにとって迷惑な存在になりたくはないのだ。
いっそこのまま、お金を突き返してくれたらいい。
そしたら、私も諦めることができる。



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