偽りの婚約者に溺愛されています
「このお金は、君が働いて貯めた大切なものじゃないのか」
袋にそれを戻しながら、彼は私を見た。
「そ、そうですよ。やっぱり足りなかったですか」
私が申し訳なく思いながら答えると、彼は急にガタッと席を立ち、私を鋭い視線で見下ろした。
「君は俺を、一体どんな男だと思ってるんだ?本気で金が目当てだと思ってるのか」
そう言った彼の背後で、料理の皿を持ったボーイが呆然としている。
「あの、お待たせいたしました……」
「あ。悪い」
ボーイはばつの悪そうな顔で、私たちを交互に見た。
そんな彼に気づいた松雪さんが再び席についた。
料理を手早くテーブルに置くと、ボーイは軽く頭を下げてそそくさと去って行った。
「取り乱した。すまない」
短く一言だけ私に言うと、深いため息をつく。
急に怒りだした彼の真意がわからない。
だがお金を受け取るということは、後戻りできないということだ。
彼の動揺はもっともだということだけはわかる。
「松雪さん。やっぱりもう、こんなことはやめましょう。私はお見合いする覚悟はもうできています。ご心配には及びません。色々ありがとうございました」