偽りの婚約者に溺愛されています
「だから、そうじゃなくて……!」
なにかを言おうとした彼を、冷静に見つめる。
本当は今すぐに、あなたが好きだと言ってしまいたい。
上司として、人として。男性としても、あなたの持つすべてに惹かれていると。
私をかわいいと何度も言ってくれたときの松雪さんの笑顔を、なによりも大切だと思ってきたことを。
お金を払ってでも、あなたを一瞬でも私のものにしたいと願った。私の中ではすでに、お見合いを回避することが本当の理由ではなくなっていた。あなたはそれを知ったなら、私を軽蔑するかも知れない。
自分のことしか考えられない、欲深い女だと。
「……わかった。それしか方法がないのなら、このお金は預かる。今度こそ本当に、婚約成立だ。君がそれでいいのなら」
松雪さんはお金の袋を自分の鞄に入れた。
その様子を見つめながら、泣きたくなるのを堪えた。
自分の浅はかな思惑が、松雪さんのプライドを傷つけたような気がしてならない。申し訳なく思うが、今さら後戻りもできない。
私に向き直った彼は、そんな私を見つめながら、静かな声で言った。
「約束してくれ。今後、後ろ向きな発言はしないと。俺の婚約者として、自分の幸せを一番に考えると。君は自分の魅力に気づいていない。俺が、君に自信を持たせてやる。この先、堂々と恋ができるよう、全面的にサポートする。君はただ、俺の言うことに従ってほしい」
「はい。わかりました」
「よし。それでいい」
私が頷くと、彼は極上の笑顔を見せる。
その瞬間、四百万円でこの笑顔を見られるのならば安いものだと、私は心から思った。
やはり私は、自分勝手な女なのかも知れない。
あなたが背負う代償よりも、自分の願望を優先したのだから。