偽りの婚約者に溺愛されています

手を顔から外した彼女は、もじもじしながら俺をチラチラと見る。

「そんな顔で見られると、本当に私を好きみたいに思えてしまいます。松雪さんにとっては、普通のことかもしれませんが」

「じゃあそのまま勘違いしていたらいいんじゃない?男に口説かれたときの免疫がつくだろ」

余裕なふりで笑った俺だったが、本当は動揺していた。

彼女が感じたことは、間違ってなんかいない。
愛しいという気持ちが、溢れてくる。
なにひとつ演じてなどはいないのだから。

こんな気持ちのまま、お金で雇われた偽りの婚約者など、俺に果たして本当にできるのか。
すべてが終わった時に、君をあっさりと手放せるのか。

「私ばかりが振り回されて、なんだか不公平ですー。松雪さん、ずるい。ドキドキして死にそうです」

「松雪さん、はダメだって。名前で」

「とと、智也さん……」

行き場のない、この想いが行きつくところはどこだろう。

「夢子。ここに手を出して」

「はい?」

素直にテーブルに差し出された手を、ギュッと握る。

「これからはスキンシップも取っていかないとな。こうして触れることにも慣れないと」

「う……っ。そうなんですか?照れますね……」

細くて小さな手を包みながら、やりきれない想いに支配されそうになる。

君が好きだ。
きっとこの想いは、これからもっと大きくなっていく。

だけど、気づくのが遅すぎたことを後悔しても、もう君を俺のものにはできはしない。
今はただ、それを受け入れるしかないのだ。



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