偽りの婚約者に溺愛されています

確かに昨日は色んなことがありすぎた。
夢のようなデートの終盤には、抱きしめられたりまでしたのだから。

「ふたりきりのときは、どんな感じなんですかー?ホテルディナーだなんて、想像つきませんよ。笹岡が大人しく、課長にエスコートなんてさせますかね?」

「そうそう。『私は自分でやりますから!』とか言いそう。彼氏彼女っていうより、男友達って感じ。居酒屋で冷酒飲んでるイメージしかないな。あんな場所で笹岡を連れて歩くのは、勇気がいるでしょう」

私もそう思う。
私とふたりでそんなところに出かけて、松雪さんは恥ずかしくはなかったのだろうか。
他のカップルの女性は、皆綺麗に着飾っていたのに、私はシンプルなパンツスーツだった。髪も短くて背も高いので、後ろから見たら男性同士に見えてもおかしくはない。
もしもそうなら、男同志で夜景の見える場所で食事をしていると、勘違いされているかも知れないのだ。

「知りもしないで勝手なことを言うな。昨日の夢子は可愛かったよ。まあ、何度も言うが詳しくは教えないけど」

ニヤッと皆に向かって笑うと、松雪さんはなんでもないことのように資料に視線を戻す。

「そんな話より、仕事のことを考えろ。発案者は君だろ?時間を無駄に使うな。今はこんな話をするときではない」

松雪さんが厳しい口調で言った途端、野次が止まった。

だが今度は、私が仕事どころではなくなってしまった。

どうしても思い出してしまう。
昨夜の一瞬一瞬が、映画のように頭に浮かぶのを、必死で打ち消そうとする。

仕事に打ち込むことで、なんとか乗り切ろうとしていたのに。






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