偽りの婚約者に溺愛されています
平然としている彼は、やっぱり慣れていて、大人だからだろうか。
それとも私を本当に好きなわけでもないから、からかって楽しんでいたのだろうか。
切なく潤んだような瞳で見つめられ、期待をした瞬間もあったが、おそらく勘違いだろう。
お金を受け取り、契約だと言った。
そんな彼の言葉に、ただ頷くしかできなかった。
本当ならば自分の気持ちを伝えるべきだったのに、どうしてもできなかった。
拒絶されたなら終わってしまう。
お金を払ってでも、彼との時間が欲しかった。
「ここのバネを短くしたらどうかな。笹岡、部品単価は変わるか?」
松雪さんを見つめたまま、ぼんやりとしていた私は、先輩に言われてハッとなった。
「あ、はい。調べます」
資料を慌ててめくる。
「おいおい。課長に見惚れてんなよー」
またしてもからかわれ、皆がどっと笑った。
「そんなんじゃありません!やめて下さい。なにを言っても聞こえない場所まで、身体ごと投げ飛ばしますよ?」
「こえー。冗談に聞こえないよ」