偽りの婚約者に溺愛されています
私が目を逸らしてから、今度は松雪さんが私を見ているのを感じる。
きっとそれは甘いけれど、射貫くような視線。
私を女であると、もっとも実感させる。
「だから!そこらへんの男性には負けませんってば。私をからかいたいなら、鍛えてから出直してきて下さい。まあ、容赦はしませんがね。ボッコボコにしますから」
それに気づかないふりをしておどけてみせる。
あなたを好きだなんて、絶対に悟らせたりはしない。
仕事に熱中しているふりをする。
「あ。バネの単価、ありましたよ。うーん、長さを変えても、あまり軽減にはなりませんね」
なんでもないふりを必死で続けるが、彼は気づいているだろう。
私が動揺し、その視線を全身で感じていることに。
「あー、そうか。じゃあやっぱりインクの質を__」
「それはダメですよ!」
彼は黙ったまま、体勢を変えずにじっとしている。
先輩と話しているが、意識は彼に向いている。気になって仕方がない。
頬杖をついたままこちらを見て、ゆっくりと私の心の奥に、さらに入り込んでくる。
これ以上は無理だ。
「私!新しい資料を探してきます」
私は立ち上がると松雪さんに背を向けて、そのままドアに向かった。
力任せにドアを開け、さっと会議室を出る。