偽りの婚約者に溺愛されています
どうしてもっと、普通にできないんだろう。
割り切った関係だと納得していると思われなくてはならないのに。
彼の目が、長い指が、そのすべてが私を混乱させる。
「あー……。やばかった。……あんなふうに見つめないでよ」
廊下を歩き、呟きながら頭をぶんぶんと振る。
だがなにをしても、邪念が消えない。
「夢子。資材資料なら俺のデスクにあるよ。資料室に行く必要はない」
背後から聞こえた声に、ビクッとする。
振り返ると、松雪さんがこちらに向かって歩いていた。
「松雪さん。ミーティングは……」
「休憩を入れた。煮詰まってきてるからな。それより、名前で呼ぶ約束だろ?」
目の前に来た彼を見上げる。
優しく私を見下ろす視線は昨日と変わらない。
私を包み込んで、好きだと実感させる。
「皆の前で呼べません。公私の区別はしっかりしないと」
「今はふたりしかいない」