偽りの婚約者に溺愛されています
「いいわけないだろう。スカートを履きなさい」
「お父さんまでなによ。いいの。彼はわかってるから」
父は、にっこりと笑いながら私を見つめた。
「今日会いに来てくれる人は、夢子を本気で想ってくれた大切な人だ。彼のために綺麗になることは、お前のためでもある。いつもと違うお前を見て、彼はきっと幸せな気持ちになる」
私はあらためて自分の服を見下ろした。
カットソーにジーンズ。とても着飾っているとは言えない。
だが、演じるだけのひとときに、お洒落などする必要があるのだろうか。
松雪さんにとっては、おそらくどうでもいいことだ。
「夢子。お母さんの部屋に行きましょ。可愛くしてあげるわ。彼を驚かせるわよ」
母に言われ、断ることもできずに黙り込む。
「誰が来るのか楽しみだ。夢子には、幸せになってもらわないとな。俺が知ってる人ならいいが」
父がそう言った途端、急に罪悪感が襲ってきた。
両親を騙し、松雪さんにも嘘の片棒を担がせてまで、私がしたいことはなんだろう。
好きな気持ちは嘘ではないが、完全なる一方通行だ。
父が言うような幸せは、彼と築くはずもない。