偽りの婚約者に溺愛されています
俺が再び、そっと腰を下ろすと、夢子が隣にちょこんと座った。

「後継者として、君は申し分ない。このササ印を、この先も今以上に盛り上げていってくれるだろう」

俺たちは真剣に社長の話を聞く。
ここでしくじっては、引き受けた意味がない。
縁談を取り下げてもらえるように、社長に頼まなくてはならない。

「単刀直入に聞こう。君は夢子と、結婚するつもりで付き合っているのか?もしもそうではないのなら、申し訳ないがもう、娘とは別れてもらいたい」

はっきりと言い切ったあと、社長は俯くように項垂れた。

「娘の幸せを第一にと言いながら、親とは勝手なものだと自分でも思うよ。惚れた相手と別れて、会社のために結婚しなければないなどとは、時代錯誤だということも、もちろんわかっている」

「社長。俺は__」

「だが、会社をここでやめるわけにはいかない。多くのお客様、従業員、関係者。たくさんの人に影響することとなる。君が夢子と一緒に、これらすべてを背負ってくれるならば、なんの問題もないのだが」

隣に座る夢子を見る。
不安そうな顔で、父親を見つめている。

化粧をして美しくなったこの姿を見ながら、他の男のために踏み台になるのはごめんだと、強く思う。
誰かに君を引き渡すために、こんなことを引き受けたわけじゃない。



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