偽りの婚約者に溺愛されています
会議室へと移動するために準備をする手をふと止めて、松雪さんのほうを見る。
デスクで資料をまとめる彼の顔が、私のデスクからはよく見える。
端正な顔立ちに、少し茶色がかった髪。
ここからときおり彼を見つめながら、少しずつ募らせてきた想い。
普段からいつも優しくて、私を女性だと思わせてくれる唯一の男性である彼に、心惹かれるのに時間はそうかからなかった。
松雪智也。二十九歳。
彼が二年前に、社長である父の紹介で入社してきて間もない頃から、私は彼を一人の男性だと意識してきた。
「ん?なんだー、笹岡。俺に見惚れてないで早く準備しろよー」
私が、ぼんやりと見つめていることに気づいた彼が、おどけた口調で言いながら笑う。
「見惚れてなんていません。松雪さんは本気で自意識過剰ですよ」
「真に受けるなよ。冗談だよ」
入社当初から課長待遇だった、敏腕エリートと噂される彼だったが、初めから距離はまったく感じさせなかった。二年経った今も、彼を役職ではなく、苗字で呼ぶ部下のほうが多いほどだ。