偽りの婚約者に溺愛されています
彼が私に対して恋愛感情を持つはずなどないとわかっているから、私はこの気持ちをずっと封印している。
迷惑だと思われたくない。今の関係を壊す勇気もない。
これからもずっと、この想いを松雪さんに告げることはないだろう。彼に、本当に好きな人が現れたなら、諦める覚悟もできている。
この先も、あなたが好きだなんて、私は絶対に言わないのだろう。
「おーい。笹岡。行くぞー」
「はい。あ、これも持っていかなきゃ」
慌ててデスクに戻り、ファイルを手にする。
「しっかりしろよ。速乾性のサインペンは、そもそも君の案なんだから」
焦る私を見ながら、彼はクスクスと笑う。
「私の案じゃないですよ。松雪さんのヒントがないとできませんでした」
「はいはい、わかったよ。そういや君は素直じゃないんだった」
歩き出した彼を追うように、私もデスクをあとにした。
もしも私が、好きだと伝えたならあなたはどうするのだろうか。
きっと困った顔で笑いながら、そっと私の頭をなでるのだろう。
『笹岡。……ごめん。俺は、君をそんな風には思えなくて……』
隣を歩く彼を見上げながら、そんな言葉を口にする彼の様子が頭に浮かんだ。
ゾクッと背中になにかが走り、怖くなった。
知られてはいけない。
彼が引いてしまわないよう、この距離を保たなくては。
強く思いながら、彼から目を逸らした。