恋愛預金満期日 ~夏樹名義~
 私は彼に案内されて居間へと入った。

 彼はいつの間にか、トレーナーとジーンズに着替えてきていた。
 よく考えてみると、スーツ以外の彼の姿を見るのは初めてで、いつもの固い感じと違ってちょっと新鮮な感じがした


「お茶でいいかしら? こんな物しか無くて……」
 お母様が、ポテトチップスと梅干を出してくれた。

 私の大好物だ。


「英会話ですか? あいつはアメリカに留学しておったもので、英語だけは得意なんですよ」
 向かいに座っていた、優しそうなお父様が話かけてくれた。


「凄いです。お蔭で助かります」


「私も英語ペラペラです。ディス・イズ・ア・ウメボーシ」
 お父様の真面目な顔で冗談を言う姿がおかしくて、私は耐えられず笑ってしまった。
 つられてお父様が笑ってくれて私はほっとした。
 お母様も笑ってくれた。


 それからも、三人で他愛もない冗談を言って笑ったが、彼の表情は固く笑ってはいなかった。

 私はいたたまれなくなり、帰る事にした。


「もう、そろそろ失礼します」
 私は席を立とうと腰を上げた。


「もっとゆっくりして行って下さいな。とても楽のしいのに……」
  お母様が引き止めてくださったが、これ以上は無理だと思い席を立った。


「あっ。電池が切れておったんだ。健人買って来てきくれ」
 お父様が彼に向かって言うのが聞こえた。



 すると彼が突然言った。

「送って行きます」
 彼は車のキーを持ち慌てて玄関へ向かった。


「でも……」
 私は益々迷惑掛けてしまうと思い戸惑っていた。


「どうせ、電池買って来なきゃだし」
 彼に私は車へと促された。


「すみません」
 私は頭をさげた。

「あっ。免許証忘れた。すみせん、ちょっと待っていて下さい」
 彼は急いで家へと戻って行った。

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