恋愛預金満期日 ~夏樹名義~
 私はさっきから、店の奥の方で試着している男性が気になっていた。
 割腹がいいうえに、センスの悪いネクタイに黒のスーツを試着している。
 きっと、あれはヤクザ関係の人だな…
 彼に言ったらなんて言うかな?


 私は前に酔って泣いていた時に、彼が言ってくれた言葉を思い出した。


「ねえねえ、海原さん」
 私は笑いを堪えて彼に言った。


「なんですか?」
 彼の顔は明らかに私の言葉を警戒している顔だ。


「あの人、悪い人ですかね? 私、連れてかれちゃいますかね?」
 私はヤクザ風の男の方を見た。

 彼の顔が一瞬曇った。

「あの人は…… …… 僕の上司です」


「えっ」
 私は、しまった、またやらかしてしまったと顔を顰めた。


 でも、彼が笑い出してくれて、私は凄くほっとしった。

 やっと、笑ってくれた……


「悪い人探すのって、難しいですね」
 私は力無く言うと口を尖らせた。


「別に、わざわざ悪い人探さなくてもいいでしょ?」
 彼は穏やかな目で私を見た。


「え―。だって、私連れてかれちゃうじゃないですか?」
 私はまた、懲りずに彼をからかってしまった。


 私はさっきまで、彼に嫌われたと思うと悲しくなっていのに。
 でも、懲りずに彼にお節介をしてしまった。


 今までの私なら、相手に嫌われると思うと何も出来なくなっていたのに…


 彼には、どこか安心して思った事が出来てしまうのは何故だろう?


 彼が、私の事を女として見ていないからなのだろうか?

 私は胸の中に複雑な思いを残してしまった。
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