H ~ache~

「那奈先輩、本部ってどういう人がいるんですか？」


翌日の昼休みに一緒に食事をしていた先輩社員の那奈と紗和に疑問を投げかけた。

「うーん…タマちゃんがチェックに行く店のオーナーでもある会長を頂点として、秘書室、財務管理、人材管理の部門と…」

後は何があったかしらと那奈が首をかしげ、那奈より1年先輩の紗和が続きをフォローした。

「イロイロあったはずよ。ウチの会長は良くも悪くも有名な人よ」

「？」

「表の顔は成功している実業家だけど、裏の顔は裏社会にも精通しているっていう噂」

紗和の言葉をフォローした那奈がニコリと笑いパスタを口に入れた。

「あくまでも噂よ？」

（表の顔があれば裏の顔もある…どこかで嫌というほど見て、聞いたことね。どの業界にもそういう話はあるのね）

オーナーの裏の顔の噂を聞いても大して気にも留めずにパスタを口に入れた。

「まぁ、雲の上の存在よ。同じビルにいても滅多に会えないのよ」

「そうね、会長専用の最上階直通のエレベーターで出入りするらしいから、会社にいるときでもまず会えないわ。会長の周りには秘書とボディガードがいるしね」

「そうなんですか、なんだか本部の人たちって大変そうですね」

環はのんきに言い、昼食を食べ続けた。





その日、環はアシスタントが急に熱を出して休んだために、遅れた仕事をしていて帰りが遅くなった。

仕事を終えたのは21時すぎ…

連続の残業はさすがに疲れたと思いながら後片付けをしていた。

「いつもこんなに遅いのか？」

急に声が響き、驚いてオフィスを見渡すと、数日前に会った本部の人が壁に寄りかかっていた。

「お疲れ様です…」

（誰かに用事なのか…でも皆は帰ってしまいオフィスにいるのは私だけ）

「すみません、今は私しか残っていなくて…」

「いい、環に用があってきた」

そう言いながら男は環のデスクまで来た。

間近で見ると冷たい美貌が冴え渡り、相変わらず表現し難い威圧感がある。


自分よりも年上なのは確実であろう…それでも30代半ばくらいか。
それなのにこのオーラはどこからきているのか…父親の周囲を固めているスタッフも似たような年頃の男はいるが、こんな雰囲気を出す人間は皆無だ。

環は自分を見下ろしている男を見上げた。

（…キスをしたことに対しては何も無いのね)

「環」

(アレはその場限りの気紛れ？)

少しの腹立ちを感じながら環はなんでしょうか？と用件を聞こうとした。

「夕飯は？」

「いえ、この時間になると食べません」

素っ気ない答えに、男は眉間にしわを寄せた。
なぜ不機嫌になるのか…環は不思議に思いながら男を見返した。

「どういうことだ、残業をさせても食事を取らせない決まりなのか」

険しい表情の男に環は首を横に振って違うと伝えた。

「夜遅くに食べると胃が痛くなる事が多いので…」

「…胃が痛くならなければいいんだな？少し付き合え」