H ~ache~
オフィスが入るビルを出ると、入り口に車が横付けされていた。
それは、先日も送ってもらった、高級車の代名詞のような欧州車。

「乗れ」

運転席から男が降り、後部座席のドアを開けた。
男は環を乗せると自分も後部座席に座った。

(また運転手つき?)

環は那奈達に聞いた本部の組織を思い出していた。
秘書室、財務管理…

(この人はどこに属しているんだろう…名前を聞いても失礼にならない?)

思いを巡らせていると、車は静かに走り出した。
会話は無く、環は名前を聞くタイミングを逃してしまった。



「いらっしゃいませ」

連れて行かれた場所は、都内でも有数のラグジュアリーホテル。
つい先日、父親のパーティーでも使用したホテルだった。

料理が美味しいと定評のある料亭に入っていくと、マネージャーのプレートをつけた男性が出迎えた。

「オレにはいつものを…彼女には胃に負担をかけないものを頼む」

「かしこまりました。…及川様いらっしゃいませ」

父親や親戚と何度か利用したことがあるために名前と顔を覚えているのだろう。
にっこりと笑むマネージャーに控えめな笑みで返した。

「こんばんは」

挨拶をし、男の後についていくと個室に入っていった。

「座って寛げ」

男が脱いだジャケットを環が受け取ったとき、仲居が恐縮しながら環からジャケットを受け取った。

「お客様にさせてしまうなんて申し訳ございません」

ジャケットを脱いだことで、男の体躯の良さが際立っていた。
(こんなに素敵にスリーピースを着こなす人がいるんだ)

「環、座ったらどうだ?」

ぼんやりと考えていた環は、声をかけられて席についた。

「早瀬様、ようこそおいでくださいました。お連れ様もようこそ…」

「環だ。…環、その眼鏡はもういいだろ。オレの前では外せと言ったはずだ」

何も言われないので眼鏡をしたままでいたが、指摘された環は眼鏡を外し、今聞いた名前を頭のなかで反芻した。

(…この名前に聞き覚えがある。早瀬って…)


「もしかして…オーナー?」

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