H ~ache~
環が言うと、早瀬はニヤリと笑って煙草を口にくわえた。

「今頃気づいたのか?鈍い奴だな」

(どうしてオーナー自ら?)

「早瀬会長のお顔を存じ上げずに大変失礼致しました」

座布団から降りて手をついて謝罪を述べると、早瀬は「堅苦しいのはやめろ」と言いながらネクタイを弛めた。

「はい…」

顔を上げた環は、早瀬を見ながら戸惑っていた。

(どうして早瀬会長が?)

今までの行動と自分を連れてくる理由が思い付かない環は早瀬に言われるまま、席についた。

「いつもこの時間まで仕事なのか?」

「要領が悪くて…」

課長に仕事を押し付けられているとは言わずに、当たり障りのない答えを返した。



運ばれた料理を食べながら、会長と少し打ち解けた。


環が会長、オーナー、と呼ぶと早瀬はジロリと睨み、困った環が早瀬さん。と呼ぶと、今はそれでいい。と言った。

「あの傘は気に入っていたのか?」

「ハイ…」

マネージャーを叩いて折ってしまった傘。
あれは友人が誕生日プレゼントにくれたものだった。

そんな大切な傘で人を叩くなんて…自分のガサツさが恥ずかしい。
環が俯くと早瀬が鞄に手を入れて何かを取り出した。

「…修理させた」

「え?」

(あんなにグニャリと曲がったのに…)

早瀬から手渡されたのは間違いなく環の傘だった。

「治るんですね…ありがとうございました。諦めていたので嬉しいです」


笑顔で早瀬に礼を言うと、早瀬は僅かに目を細めて見返した。


「全て同じ部品ではないが問題なく使える。違うのがいいなら…」


傘を持って嬉しそうにする環を見て、早瀬は小さく笑った。



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