H ~ache~
その日は仕事を早めに終わらせてビルを出ると、一台の車が横付けされていた。
車種が早瀬と同じだったために環はまさかと思ったが、気付かないふりをして通り過ぎようとした。
「タマ」
窓が開き、男に呼び止められ、環はぎょっとして立ち止まった。
(なんでここにいるのよ…しかも紛らわしい車で!)
「おーい、タマ」
「猫じゃないんだからやめて」
親しげに呼ぶ男に環はたまらず車に歩み寄った。
「何か用?秀ちゃん」
「久しぶりに会ったのに冷たいな。昔はあんなに可愛かったのに」
「そうですか、用が無いなら帰ります」
辛辣な言葉を返した環に怯みもせずに"秀ちゃん"と呼ばれた男は環を呼び止めた。
「乗れよ。買い物に付き合ってほしいんだ」
その言葉に、あぁ。と納得すると、環は助手席に乗り込んだ。
(伯母様の誕生日が近いからね…私もプレゼントを買いに行こう)
「こんなところで待ち伏せして、会えなかったらどうするつもりだったの?」
シートベルトをしながら、隣に座る自分と似ていると言われる男を見た。
「あと10分待って来なかったら帰るつもりだった」
呑気な従兄弟の言葉に少し呆れた。
(相変わらずなのね)
「環、夕飯は何がいい?おごってやるよ」
「…天ぷら。茄子の天ぷらが食べたい」
「了解。その前に付き合えよ?」
環は久しぶりに会った従兄弟の秀平との時間を楽しもうと気持ちを切り替えた。
秀平は環の亡くなった母の姉の子供で兄のように環の面倒を見てくれていた。
秀平が目的の場所に車を走らせていると、環のスマートフォンが鳴った。
プライベート用のスマートフォンに着信があったために着信の番号を良く見ずに通話をタップした。
「環です」
『…オレだ』
(早瀬さん?…どうして)
「お疲れ様です」
どう答えていいか分からず、そんな言葉しか出てこなかった。
『昨日電話したが忙しいようだな』
電話…もしかして、京都駅の?
「すみません…」
後からかけ直そうと思っていたが横浜のクライアントの件ですっかり忘れていた。
『まぁ、いい…3日後に帰国するから予定をあけておけ』
(帰国?)
「海外なんですか?」
『東欧に2週間行くと言っただろう?』
(覚えてない…いつ言われたの?)
記憶をたどってみたが、どうしても思い出せなかった。
『聞き取れる余裕が無かったか…』
笑いを含んだ声で言われ、暗にあの夜の二人の事を示され、環は頬を赤くした。
『空けておけ、いいな?』
有無を言わせない強い口調で言われ、環は素直に返事をしていいか戸惑った。
「え…」
『また連絡する。あまり無理をするなよ?』
「ちょっと待って、早…」
一方的に切れた通話。
スマートフォンを恨めしい思いで見ていると、隣から大きな溜息が聞こえた。
「オレの環が…男と…」
「やめてよ、そういう誤解を受けるようなことを言わないで!」
(いつから秀ちゃんのものになったのよ、悪ふざけばっかり言うんだから)
「今のは誰だ」
「会社の人です、変なこと言わないで」
「ムキになるのが怪しい」
「怪しくないです。私だって知ってるんだから」
出任せを言うと思い当たる節があるのか、神妙な面持ちで環を見た。
「何だよ…」
「伯母様に黙ってて欲しかったらこれ以上聞かないで」
ぐっと黙った秀平を横目で見て、環はシートに深く凭れて目を閉じた。
(3日後に帰国する。また会えるんだ…)
強張っていた心が、不思議と解れていくのが分かったが、心のなかで引っかかるものがあった。
車種が早瀬と同じだったために環はまさかと思ったが、気付かないふりをして通り過ぎようとした。
「タマ」
窓が開き、男に呼び止められ、環はぎょっとして立ち止まった。
(なんでここにいるのよ…しかも紛らわしい車で!)
「おーい、タマ」
「猫じゃないんだからやめて」
親しげに呼ぶ男に環はたまらず車に歩み寄った。
「何か用?秀ちゃん」
「久しぶりに会ったのに冷たいな。昔はあんなに可愛かったのに」
「そうですか、用が無いなら帰ります」
辛辣な言葉を返した環に怯みもせずに"秀ちゃん"と呼ばれた男は環を呼び止めた。
「乗れよ。買い物に付き合ってほしいんだ」
その言葉に、あぁ。と納得すると、環は助手席に乗り込んだ。
(伯母様の誕生日が近いからね…私もプレゼントを買いに行こう)
「こんなところで待ち伏せして、会えなかったらどうするつもりだったの?」
シートベルトをしながら、隣に座る自分と似ていると言われる男を見た。
「あと10分待って来なかったら帰るつもりだった」
呑気な従兄弟の言葉に少し呆れた。
(相変わらずなのね)
「環、夕飯は何がいい?おごってやるよ」
「…天ぷら。茄子の天ぷらが食べたい」
「了解。その前に付き合えよ?」
環は久しぶりに会った従兄弟の秀平との時間を楽しもうと気持ちを切り替えた。
秀平は環の亡くなった母の姉の子供で兄のように環の面倒を見てくれていた。
秀平が目的の場所に車を走らせていると、環のスマートフォンが鳴った。
プライベート用のスマートフォンに着信があったために着信の番号を良く見ずに通話をタップした。
「環です」
『…オレだ』
(早瀬さん?…どうして)
「お疲れ様です」
どう答えていいか分からず、そんな言葉しか出てこなかった。
『昨日電話したが忙しいようだな』
電話…もしかして、京都駅の?
「すみません…」
後からかけ直そうと思っていたが横浜のクライアントの件ですっかり忘れていた。
『まぁ、いい…3日後に帰国するから予定をあけておけ』
(帰国?)
「海外なんですか?」
『東欧に2週間行くと言っただろう?』
(覚えてない…いつ言われたの?)
記憶をたどってみたが、どうしても思い出せなかった。
『聞き取れる余裕が無かったか…』
笑いを含んだ声で言われ、暗にあの夜の二人の事を示され、環は頬を赤くした。
『空けておけ、いいな?』
有無を言わせない強い口調で言われ、環は素直に返事をしていいか戸惑った。
「え…」
『また連絡する。あまり無理をするなよ?』
「ちょっと待って、早…」
一方的に切れた通話。
スマートフォンを恨めしい思いで見ていると、隣から大きな溜息が聞こえた。
「オレの環が…男と…」
「やめてよ、そういう誤解を受けるようなことを言わないで!」
(いつから秀ちゃんのものになったのよ、悪ふざけばっかり言うんだから)
「今のは誰だ」
「会社の人です、変なこと言わないで」
「ムキになるのが怪しい」
「怪しくないです。私だって知ってるんだから」
出任せを言うと思い当たる節があるのか、神妙な面持ちで環を見た。
「何だよ…」
「伯母様に黙ってて欲しかったらこれ以上聞かないで」
ぐっと黙った秀平を横目で見て、環はシートに深く凭れて目を閉じた。
(3日後に帰国する。また会えるんだ…)
強張っていた心が、不思議と解れていくのが分かったが、心のなかで引っかかるものがあった。