H ~ache~
高梁が九州と言っていたのは福岡のことだった。

ホテルに荷物を置いてすぐに、早瀬が買収したという会社へ向かった環と法務部の担当は、経理部の責任者に挨拶し早速資料を確認した。

会社は活気が無いように感じられ、経理資料から雑な印象を受けた。

(これは、先が思いやられる…やっぱり早瀬さんに連絡をしておこう)

環達が使える部屋に資料を運び、早速仕事に取り掛かった。

着信履歴のある番号に電話をかけたが早瀬が出ることはなく、留守番電話の案内が流れた。
環は簡潔に仕事で不在にする為に予定を空けることができなくなった事をメッセージに残して仕事に戻った。

「今日は初日です。そろそろ終わりにしませんか」

「そうですね、お疲れ様でした」

法務部の若い社員は環を食事に誘おうとしたが、環のスマートフォンに連絡が入り、環が部屋から出ていったために声をかけるのを諦めた。

「環です」

『暫く留守にするとはどういうことだ』

(不機嫌そう…でも、早瀬さんが指示をした仕事なんだから仕方ない)

「今、福岡に来ているんです」

『福岡?…何の仕事だ』

「会長が自ら買収された会社の財務状況を精査しているんです」

「…環がか?」

意外そうに聞く早瀬の声に環は少し落ち込んだ。

(あ、頼りないって思ってる…勤務年数は浅いけど、いつも頑張ってるつもりなんだけどな…)

認められるというのは難しい。と痛感していると電話の向こうでは益々不機嫌になったようだった。

『わざわざ福岡に行かなくても出来るだろ』

(私に怒っても仕方ないのに…)

「…明日から九州に行けって言われて今日福岡に着きました。急ぎの仕事なんですよね?」

『オレはそんな事を指示していない。…どれくらいかかりそうなんだ?』

環は天井を仰ぎ見てうーん、と唸った。

「まだよく分からないですけど、思っていた以上にかかるかもしれません」

『…分かった。かけ直す』

通話の切れたスマホを見ながら壁に寄りかかった。

(普通に話せた…電話をくれるなんて思っていなかった…これも気紛れ…よね)

環は気を取り直して部屋に帰った。
< 23 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop