H ~ache~
目的の場所は、高級会員制クラブ。
環が所属しているコンサルタント会社の実質的な経営者が所有している店の1つだった。
コンサルタント会社に勤務している環は、税務を担当する部署に所属している。
外部の一般企業やグループ会社の監査を行うのが仕事だった。
環の先輩達が言うには、上司である課長は親会社の会長が自ら手掛けている店舗の監査を主に環にやらせている。
その理由は、致命的なミスをしても環に責任を擦り付けて責任逃れをするつもりだから…
「及川です。監査に参りました」
今日の仕事は高級クラブのチェック。
データをチェックして会計資料を作成する。
店の開店に合わせて仕事を始めるのが19時頃で、いつも仕事を終えるのが21時頃。何か問題があれば深夜まで仕事をすることも少なくなかった。
翌日は遅れて会社に行くことが認められていたが、課長に嫌みを言われるのが面倒でいつも勤務開始時間の9時に出社するようにしていた。
「よろしくお願いします」
いつものようにマネージャーに声をかけると、慌てたような返事が返ってきた。
「あ、及川さん…始めて下さい」
マネージャーに違和感を感じつつも仕事に取りかかった。
「分からない…」
環は帳簿に違和感を感じ、それを突き止めようとしていたが何がおかしいのか見つけることができない。
不自然に感じるのだ。
だが、結果だけをみると間違いではない。
それはここ数ヶ月の間感じていたことだが、今月はいつも以上に違和感を感じる。
(やめた、休憩…)
外していた眼鏡をかけると外の空気を吸いながら何か買いに行こうと思い、自分が仕事をしていた部屋を、預かった鍵で施錠して近くのコンビニへでかけた。
外は雨が降っていた。
春とはいえ夜はまだまだ冷え込む季節だ。環は開けていたコートの前をしめて傘を広げた。
念のために持ってきていた折り畳み傘が役にたった。
「ご苦労様です」
冷たいジャスミンティーとチョコレートを買い裏口から店に戻ると、店の黒服とすれ違うたびに挨拶をされ、その度に挨拶を返しながら作業をしていた部屋へ向かった。
キャストは勿論、黒服を着た男性スタッフも容姿が整っている者が多い。
(店の方針か、オーナーの好みか…好みだとしたらいい趣味よね)
環はどうでもいいことを考え始めたことに気づき、首を横に振った。
(馬鹿々々しい…早く終わらせて帰ろう)
廊下を歩いていると、前方でドアが荒々しく閉まる音が聞こえた。
視界の先は曲がり角になっていて見えないが、ここから奥の部屋は幹部やオーナーが使う部屋になっていたはずだと環は建物の間取りを思い返していた。
(…マネージャー?)
角を曲がって出てきたのは、この店を任されているマネージャーだった。
キョロキョロとあたりを見回すと、こちらへ向かって走り出した。
「待て!逃がすな!!」
荒々しい声が廊下に響いた。
(逃げ出したのに待てと言われて待つわけがない…でも、あの違和感の原因はマネージャーよね)
咄嗟に判断した環は、横を駆け抜けようとしたマネージャーの足元へスッと足を出し、掬い上げるように蹴り上げた。
「うわぁ!!」
大きな声とドサッという音ともにマネージャーは足をもつれさせて転んだが、すぐに体制を立て直し、走り出そうとした。
(恨みはないけどごめんなさい!!)
「!!」
環は持っていた傘を振り上げ、勢いよくマネージャーの首元へと叩き込むと、マネージャーは呻き声を上げて床に崩れ落ちた。
白目を剥いて床に転がったマネージャーを見て我に返り、仕事をしていた部屋の扉のカギを開け、部屋に入ると背中で扉を閉めた。
(私がやったって見られた?…)
はしたない真似をしてしまったと反省しながら、机に広げていた資料を手早くまとめ鞄へ突っ込むと
部屋の電気を消し、キャビネットの陰へ体を隠した。
(絶対に面倒な事になっているはず…)
部屋の外からバタバタと走る足音と荒々しい声が聞こえてくる。
(違和感の原因を突き止めていない今、巻き込まれるのは面倒よ…)
息を潜めているとドアノブがガチャガチャと回された。
扉が開けられたが、暗闇の部屋に誰もいないと判断したのか、すぐに扉は閉められた。
部屋から足音が遠ざかるのを待ち、そっと部屋から抜け出した環は、通りすがった黒服へ鍵を返すと足早に店を出た。
店の外は相変わらずの雨。
持ってきた傘は役に立たない…
環は少しだけ恨めしい気持ちで店を見ると、店用のごみ置き場にぐにゃりと曲がって使えなくなった傘を置いた。
(お気に入りだったんだけどな…ごめんね、傘)
着ていたコートのフードを被り、足早に繁華街を後にした。
環が所属しているコンサルタント会社の実質的な経営者が所有している店の1つだった。
コンサルタント会社に勤務している環は、税務を担当する部署に所属している。
外部の一般企業やグループ会社の監査を行うのが仕事だった。
環の先輩達が言うには、上司である課長は親会社の会長が自ら手掛けている店舗の監査を主に環にやらせている。
その理由は、致命的なミスをしても環に責任を擦り付けて責任逃れをするつもりだから…
「及川です。監査に参りました」
今日の仕事は高級クラブのチェック。
データをチェックして会計資料を作成する。
店の開店に合わせて仕事を始めるのが19時頃で、いつも仕事を終えるのが21時頃。何か問題があれば深夜まで仕事をすることも少なくなかった。
翌日は遅れて会社に行くことが認められていたが、課長に嫌みを言われるのが面倒でいつも勤務開始時間の9時に出社するようにしていた。
「よろしくお願いします」
いつものようにマネージャーに声をかけると、慌てたような返事が返ってきた。
「あ、及川さん…始めて下さい」
マネージャーに違和感を感じつつも仕事に取りかかった。
「分からない…」
環は帳簿に違和感を感じ、それを突き止めようとしていたが何がおかしいのか見つけることができない。
不自然に感じるのだ。
だが、結果だけをみると間違いではない。
それはここ数ヶ月の間感じていたことだが、今月はいつも以上に違和感を感じる。
(やめた、休憩…)
外していた眼鏡をかけると外の空気を吸いながら何か買いに行こうと思い、自分が仕事をしていた部屋を、預かった鍵で施錠して近くのコンビニへでかけた。
外は雨が降っていた。
春とはいえ夜はまだまだ冷え込む季節だ。環は開けていたコートの前をしめて傘を広げた。
念のために持ってきていた折り畳み傘が役にたった。
「ご苦労様です」
冷たいジャスミンティーとチョコレートを買い裏口から店に戻ると、店の黒服とすれ違うたびに挨拶をされ、その度に挨拶を返しながら作業をしていた部屋へ向かった。
キャストは勿論、黒服を着た男性スタッフも容姿が整っている者が多い。
(店の方針か、オーナーの好みか…好みだとしたらいい趣味よね)
環はどうでもいいことを考え始めたことに気づき、首を横に振った。
(馬鹿々々しい…早く終わらせて帰ろう)
廊下を歩いていると、前方でドアが荒々しく閉まる音が聞こえた。
視界の先は曲がり角になっていて見えないが、ここから奥の部屋は幹部やオーナーが使う部屋になっていたはずだと環は建物の間取りを思い返していた。
(…マネージャー?)
角を曲がって出てきたのは、この店を任されているマネージャーだった。
キョロキョロとあたりを見回すと、こちらへ向かって走り出した。
「待て!逃がすな!!」
荒々しい声が廊下に響いた。
(逃げ出したのに待てと言われて待つわけがない…でも、あの違和感の原因はマネージャーよね)
咄嗟に判断した環は、横を駆け抜けようとしたマネージャーの足元へスッと足を出し、掬い上げるように蹴り上げた。
「うわぁ!!」
大きな声とドサッという音ともにマネージャーは足をもつれさせて転んだが、すぐに体制を立て直し、走り出そうとした。
(恨みはないけどごめんなさい!!)
「!!」
環は持っていた傘を振り上げ、勢いよくマネージャーの首元へと叩き込むと、マネージャーは呻き声を上げて床に崩れ落ちた。
白目を剥いて床に転がったマネージャーを見て我に返り、仕事をしていた部屋の扉のカギを開け、部屋に入ると背中で扉を閉めた。
(私がやったって見られた?…)
はしたない真似をしてしまったと反省しながら、机に広げていた資料を手早くまとめ鞄へ突っ込むと
部屋の電気を消し、キャビネットの陰へ体を隠した。
(絶対に面倒な事になっているはず…)
部屋の外からバタバタと走る足音と荒々しい声が聞こえてくる。
(違和感の原因を突き止めていない今、巻き込まれるのは面倒よ…)
息を潜めているとドアノブがガチャガチャと回された。
扉が開けられたが、暗闇の部屋に誰もいないと判断したのか、すぐに扉は閉められた。
部屋から足音が遠ざかるのを待ち、そっと部屋から抜け出した環は、通りすがった黒服へ鍵を返すと足早に店を出た。
店の外は相変わらずの雨。
持ってきた傘は役に立たない…
環は少しだけ恨めしい気持ちで店を見ると、店用のごみ置き場にぐにゃりと曲がって使えなくなった傘を置いた。
(お気に入りだったんだけどな…ごめんね、傘)
着ていたコートのフードを被り、足早に繁華街を後にした。